2026年10月25日日曜日

村上龍さん死去

「限りなく透明に近いブルー」「コインロッカー・ベイビーズ」「半島を出よ」
また、同時代のクリエーターがいなくなりました。御冥福をお祈りします。

光る風

kindleで無料セール中の山上たつひこのマンガを一括で購入。
これは、懐かしい。そして、全く古びていないことに驚く。まさに今を活写している。 主人公の設定は、人間の条件・戦争と人間。戦争の悲惨さは、芋虫・ジョニーは戦場へ行った。
反戦を前面に掲げて、格差社会や資本主義社会の矛盾、管理される社会の恐怖を痛烈に、ストレートに描く。
絵のタッチは劇画ではなく、あくまでもマンガである。光る風のタッチは永島慎二や坂口尚である。白土三平にも似ている。国防軍の兵士たちの描き方は笑うセールスマン。

軍国主義に進んでいく社会と恐怖 安保における米国の戦略 。水俣病やハンセン病を思わせる描写。 被差別部落解放運動 。戦争と人間の設定 。クーデター 楯の会 。多くの現実の出来事が散りばめられている 。連載当時は理解できなかったことも、今読み直すと現実の出来事や小説・映画などと結びつく。
一般国民の使う平等という言葉と被差別者の受ける印象の違い 。今、世界の状況は似ているのではないか 。まさか、日本では、ここまでは起こり得ないだろうが、広く世界状況を見渡せば、国や民族によっては荒唐無稽とは言えない。歴史を遡ればわが国の出来事でもある。
旧軍部の敗北と米国による支配。 反体制軍部の勢力拡大。 大震災に乗じた軍部の圧倒的な支配力の獲得。 それに対して風に舞うような学生運動の無力さ。挫折と失望、愛欲への逃避。 民主主義の敗北と救いのない結末。
連載当時、震災があまりにも唐突で、ストーリーの収集がつかなくなり、打ち切ったように思っていたが、読み返すと、こういうことに乗じて権力は支配を強めるという構造が明確に描かれている。
作家の三島由紀夫は、1970年(昭和45年)11月25日に45歳で割腹自殺(自決)により亡くなった。少年マガジン47号は10月下旬ごろの発売。三島事件より前に本作のクーデターが書かれている。 
学生運動も急進派のクーデターも、いずれも社会を変えることは出来なかったが、本作では学生運動は闘争できるような勢力となることもなく押しつぶされ、急進派のクーデターが一気に軍事政権を樹立する。

以下、Wikipediaなどの覚え
軍事国家化が進む架空の近未来日本を舞台とする。「愛国心」という名の狂気へと突き進む政府、狡猾に操る巨大権力、簡単に洗脳され人間性を失って行く国民。抗おうとする若者たちは容赦なく踏みにじられていく。
漫画:光る風 作者 山上たつひこ 出版社 朝日ソノラマ 掲載誌 週刊少年マガジン 発行日 1970年 発表号 18号 - 47号
山上 たつひこ(やまがみ たつひこ、本名:山上 竜彦(読み同じ)、1947年12月13日 - )。 徳島県生まれ、大阪府育ち。代表作はディストピア漫画『光る風』、ギャグ漫画『がきデカ』『喜劇新思想大系』、漫画原作として『羊の木』など。 高校卒業後、大阪の日の丸文庫に入社し、編集の傍ら貸本劇画を描きはじめる。1965年 、日の丸文庫「影 別冊」掲載の『秘密指令0』で正式に漫画家デビュー。以後、SF、ホラーなどを執筆する。雑誌デビューは1968年、芳文社「コミックmagazine」3月12日号掲載の『第七病棟異常なし』。 1969年には「週刊少年マガジン」に『二人の救世主』を発表してメジャーデビューを果たす。翌1970年には同誌で初期の代表作である『光る風』の連載を開始。当時の社会情勢を巧みに反映させ、軍国主義の台頭とその恐怖を描いた内容は読者に強い衝撃を与えると同時にポリティカル・サスペンスをいち早く手掛けたことによって、高い評価を受けた。

『光る風』(ひかる かぜ)は、山上たつひこによる日本の漫画。『週刊少年マガジン』(講談社)において1970年18号から同年47号まで連載された。作者の初期の代表作である。 漫画の結末はやや唐突な印象を与えるもので、そのため様々な憶測を生んだ。曰く作者の山上が連載中に右翼に刺されたために連載が打ち切られた。結果的に山上はギャグマンガへの転向を余儀なくされた。果ては山上は当局に捕まり、人格改造を受けたと言う噂まであった。 「フリースタイル」編集長の吉田保によれば、これらは全てデマである。作者から直接「打ち切りでは無くて、予定通りの完結であった」と聞いたと言う。 山上自身によると『光る風』などで漫画のメインストリートに立ったが、居心地の悪さを感じていたという。やがてそれは自分の絵と自身の好みが乖離しているためだと気付く。そして『喜劇新思想大系』などのドタバタ喜劇にシフトしていくに連れ、絵柄と方向性が一致していった。 
米沢嘉博は、かつて美しかった恋人の変わり果てた躯を、無残に変貌した世界の象徴と捉える。失われた国家に対する愛、家族に対する愛、恋人に対する愛を胸に抱いて主人公は大地に倒れ伏して世界と一体となり息絶える。これは基本的には悲劇的に終わるラブストーリーである。 表智之は、当時の読者にとっては70年代安保闘争や米軍による枯葉剤を想起させた筈であり、現在(※2016年)においても予見と警鐘を感じさせ古びてはいないと述べる。そして「……本作は作者個人の思想や情念によってではなく、ある種の社会科学的分析から紡ぎだされた政治寓話であり、……山上たつひこの真骨頂を示す、SF作品なのである。」と結んでいる。

日本の学生運動の主な歴史と流れ1950年代〜1960年代(全盛期):1951年の単独講和反対や砂川基地撤去闘争など。
1960年の安保闘争で大きなピークを迎えた。
1968年〜1970年には全共闘(全学共闘会議)が各地の大学で授業ボイコットやバリケード封鎖を行い、社会問題化した。
1970年代以降の衰退: 過激化や内部対立(内ゲバ)による死傷者の発生により、一般学生や世論の支持を失って急速に鎮静化した。

『ジョニーは戦場へ行った』(ジョニーはせんじょうへいった、原題: Johnny Got His Gun) は、ダルトン・トランボが1939年に発表した反戦小説である。ベトナム戦争最中の1971年、トランボ自身の脚本・監督により映画化された。『ジョニーは銃をとった』は早川書房版の題名。角川書店版の題名『ジョニーは戦場へ行った』は、映画版の邦題による。トランボにとって唯一の小説であり、映画監督作でもある。 本作は第二次世界大戦勃発直後の1939年9月3日に発表された。反戦的な内容が「反政府文学」と判断され、戦争の激化した1945年、ついに絶版(事実上の発禁処分)となる。戦後になって復刊されたものの、朝鮮戦争時には再び絶版とされ、休戦後に復刊されるなど、戦争のたびに絶版と復刊を繰り返す。 トランボはアメリカ共産党の党員でもあり、1947年に赤狩りにあい逮捕、禁固刑の実刑判決をうけ、刑期満了後も映画業界から事実上追放された。その後は偽名で脚本の仕事を続けていたが、1960年代に正式に映画業界に復帰、長年の宿願だった本作の映画化を実現させた。 タイトル『ジョニーは銃をとった(Johnny Got His Gun)』は、第一次世界大戦時の志願兵募集の宣伝文句で、軍歌『オヴァー・ゼア』(Over There)でも有名になった「ジョニーよ、銃をとれ(Johnny Get Your Gun)」という呼び掛けへの痛烈な皮肉となっている。 

2026年10月24日土曜日

羊たちの沈黙

何度見ても面白い。あの原作から、このビジュアルを創造したことに感嘆する。その後の類似テーマのビジュアルや造形のベースになった。2時間の制約の中にテンポよくまとめている。FBI捜査とクラリスの捜査を同時並行で描き、同時にドアの呼び鈴を鳴らすシーンはうまい。アカデミー賞受賞の理由は女性の置かれている社会的立場の執拗な描き方と、なめた視線を一気に覆すラストの銃撃であろう。ジャック・クロフォードとレクター博士はドッペルゲンガーである。クロフォードは直接レクターに接しない。クロフォードはロジカルにビジネスライクに説得するが、レクターは感情に接して操る。クラリスは父親像を二人に見ている。レクターは学生を弄ぶように、クラリスにカミングアウトさせ、課題を解決させる体験により、トラウマの一つから解放する。

2026年10月18日日曜日

『シュリ』

『ブラック・サンデー』BlackSundayですね。
『シュリ』(朝: 쉬리)は、1999年の韓国のスパイアクション映画。監督はカン・ジェギュ、出演はハン・ソッキュ、キム・ユンジン、チェ・ミンシク、ソン・ガンホなど。 
公開 1999年2月13日 2000年1月22日 2024年9月13日(4Kリマスター) 上映時間 124分 製作国 韓国。韓国に潜入した北朝鮮工作員と韓国諜報部員との悲恋とスピーディなアクション。 韓国では1999年2月13日に公開され、韓国国内で観客動員数621万人(うちソウルで244万人)という当時の記録を樹立、一種の社会現象を巻き起こした。日本では、1999年秋の東京国際映画祭にて上映されたのち、2000年1月22日に公開され18億円の興行収入をあげ、後の韓流ブームの原点になった。 
『シュリ』と1977年のアメリカ映画『ブラック・サンデー』(トマス・ハリス原作)はプロット上の類似性がある。クライマックスのプロットに『ブラック・サンデー』へのオマージュ、あるいは強いインスパイアが見て取れる。 
1. サッカー場(スタジアム)を狙った大規模テロ • 『ブラック・サンデー』: アメリカ最大のスポーツイベント「スーパーボウル(アメフト)」のスタジアムに大統領や多数の観客が集まるタイミングを狙ってテロを計画。 • 『シュリ』: 南北の首脳陣や大勢の市民が集まる「サッカー韓国代表のスタジアム(日韓W杯を控えた時期のスタジアム)」が最終テロの標的。
2. 空中からの「液体爆弾」による大量殺戮計画 • 『ブラック・サンデー』: 飛行船(グッドイヤー号)の底面に無数の散弾を仕込み、上空からスタジアムへ突入させて数万人を皆殺しにしようとする計画。 • 『シュリ』: 劇中に登場する架空の液体爆弾「CTX」を、スタジアムの照明弾に仕込み、上空からスタジアム全体に飛散させて大爆発を起こす。 
3. 主犯格(テロリスト)側の「悲劇的な背景と動機」 • 『ブラック・サンデー』: テロを主導する女テロリスト(パレスチナ過激派「黒い九月」)や、それに協力する米軍の元パイロットは、戦争のトラウマや祖国の分断・抑圧といった深い絶望を抱えており、単なる「絶対悪」ではない悲劇性を持つ。 • 『シュリ』: テロを仕掛ける北朝鮮の特殊工作員たちも、飢えに苦しむ祖国の過酷な現状や民族分断という歴史の犠牲者であり、彼らの行動には強い悲哀と説得力が持たされている。  
4. カウントダウンの中での捜査官の攻防 • 『ブラック・サンデー』: イスラエルの諜報部員が、爆発寸前の飛行船をヘリコプターで追う。 • 『シュリ』: 韓国の情報部員が、試合が進行するスタジアム内でテロリストを追い詰める。 
『シュリ』は『ブラック・サンデー』の「大規模イベント×上空からの化学兵器テロ」というサスペンスの枠組みを借りて、そこに「朝鮮半島の南北分断・同一民族の悲劇」というテーマを重ねた。 

2026年10月17日土曜日

岩波新書まとめ買い

暉峻淑子(てるおかいつこ)さんの新聞投書が気になって、近所のbookoffで岩波新書を主体に書籍を何冊かまとめ買いした。文人系書籍の乱読です。
ヒロシマ・ノート (¥440)  近代秀歌 (¥220)  原発を終わらせる (¥110)  語感トレーニング 日本語のセンスをみがく55題 (¥110)  世界共和国へ 資本=ネーション=国家を超えて (¥330)  豊かさとは何か (¥330)  豊かさの条件 (¥110)  読書と日本人 (¥330)  お伽草紙・新釈諸国噺 (¥330)  機会不平等 (¥220) 社会の真実の見つけかた (¥220)  ちいさいおうち (¥330) 人新世の「資本論」 (¥385) 

2026年10月13日火曜日

新聞、民主社会の「食べ物」だから

朝日新聞 (声)新聞、民主社会の「食べ物」だから 2026年9月17日 5時00分 抜粋 元大学教員 暉峻淑子(てるおかいつこ)(東京都 98) 
 正誤ない交ぜや偽の情報があふれて、多くの人が何を頼りに判断して生きていくべきか、戸惑っている。そういう時、私は「信頼できる情報の最後のとりでだから」と新聞を読むことを強く勧める。・・・・2~3日遅れであっても、新聞は、民主主義社会に必須の「食べ物」だ。数日後でも読む価値がある記事は多々ある。 
 ヘルパーさんへ新聞のお下がりを上げたところ、一家で喜んだ様子。新聞は、民主主義社会に必須の「食べ物」だ。数日後でも読む価値がある記事は多々ある。購読できない人への新聞バンクを提唱する。
  98歳になられても矍鑠として日常の情報収集を普段の日課にしている様子に驚く。家事ヘルパーをお願いしていても、である。そして、朝日新聞の声欄に投書することにも驚く。
 このフレーズは、朝日新聞の主筆を務めた緒方竹虎(おがたたけとら)の言葉、あるいはジャーナリズムの重要性を説く際の有名な格言「新聞は民主社会の『食べ物』である」を指していると思われる。新聞やメディアは、民主主義社会に生きる市民が正しい判断を下すための「栄養素(情報)」であり、社会の健康を維持するために不可欠な存在であるという意味が込められている。
 この提案は新聞社としては購読が減る案であるが、新聞に触れたことのなかった人たちにとっては定期購読のキッカケになるかもしれない。すでに購読している購読者にとっても他誌を読む機会になるのは嬉しい。
朝日新聞 2026/10/07(声)情報を選ぶには「まな板」作り大切 農業 伊藤元(青森県 66)抜粋
 暉峻淑子(てるおかいつこ)さんの投稿「新聞 民主社会の『食べ物』だから」(9月17日)に賛同する投書も続いた。他の出費を削って新聞4紙を購読しています。全国紙、県紙、地域紙、業界紙。いずれも、砂の底から原石を拾うような発見が多々あります。
  同じ時期に佐藤優さんの書籍を読んでいたら新聞は4誌購読しているとのこと。佐藤優さんは、新聞は朝日と産経 両極を抑えておく。その他にヘラルドトリビューン 東京で作っているにもかかわらず、扱っているニュースが違う 世界が何を注目しているかが一目瞭然、とのこと。
 新聞は発行部数が減り、存続が危ぶまれているが、そんなことを意に介さず、日常のエッセンシャルインフラとしているプロたちがいる。
 これらの記事を目にして、暉峻淑子(てるおかいつこ)さんの書籍を何冊か購入した。

2026年10月10日土曜日

『トパーズ』

『トパーズ 』(Topaz)は、 アルフレッド・ヒッチコックの監督による1969年公開のアメリカ映画。1968年から1969年にかけて製作された。原作はレオン・ユリスのベストセラー小説である。 監督 アルフレッド・ヒッチコック 脚本 サミュエル・テイラー 原作 レオン・ユリス 出演者 フレデリック・スタフォード ダニー・ロバン 音楽 モーリス・ジャール 公開 1969年12月19日 1970年6月20日 上映時間 126分 製作国 アメリカ合衆国 
東西冷戦の真っ只中、ソ連のKGB副長官の要職にある人物がアメリカへ亡命を企て、彼の証言からキューバに対しソ連がミサイルの搬入をしている事実が発覚する。キューバ危機の始まりであった。CIAは先のピッグス湾事件でキューバに対するコネをなくしていたため、フランス情報部のデヴロウ(フレデリック・スタフォード)にキューバ潜入を依頼することとなる。主人公はフランスの諜報機関に席をおく「アンドレ(フレデリック・スタフォード)」で、家族は妻「ニコール(ダニー・ロバン)」と娘「ミシェル(クロード・ジャド)」と娘の夫の「フランソワ(ミシェル・シュボール)」とニューヨークで過ごす計画だった。 なお、標題の「topaz」とは旧ソ連に通じたフランス高官をさすコードネームという。 
1962年のある日、政府の製作に批判的だったソ連の高官クセノフが、CIA(アメリカ中央情報局)のノルドストロム(ジョン・フォーサイス)の協力により妻と娘を伴いアメリカに亡命した。この情報は、ある情報組織の長であるアンドレ(フレデリック・スタフォード)にも伝わった。彼はただちに親友であるノルドストロムに会い、互いの情報を交換しあった。クセノフの話すところによると、ソ連がキューバに補給している軍需品の覚書は、国連のキューバ主席代表が所持している、とのことだった。アンドレは、妻のニコール(ダニー・ロバン)、娘のミシェル(クロード・ジャド)、その夫フランソワ(ミシェル・シュボール)を伴ってニューヨークに行き、再度ノルドストロムに会った。その時、彼から依頼された通商条約書を、アンドレは首尾よくキューバ主席代表パラ(ジョン・ヴァーノン)から写しとった。その後キューバにおもむいたアンドレは、愛人である地下運動の美人指導者ファニタ(カリン・ドール)を訪ね、仕事を依頼した。彼女は現在、パラによって身の安全を保障されている存在だったが、その仕事を承諾した。彼女の仲間から情報は次々と集まってきたが、仲間の1人がついに逮捕された。やがて帰国の途につくことになったアンドレは、危険になったファニタに亡命をすすめたが、彼女は涙をうかべそれを拒んだ。その彼女には、すぐ後にパラの拳銃をあびる運命が待っていた。そのころ機上では、彼女が詩集の表紙の裏にはりつけたミサイル基地などのフィルムをみて、アンドレが彼女への愛に胸をしめつけられていた。その後、彼とノルドストロムはクセノフから重大な情報を聞いた。それは、ソ連のためにスパイ活動をしているフランス人の組織「トパーズ」のことだった。首領は暗号名をコランバインという謎の人物で、副首領はアンリー(フィリップ・ノワレ)という男だった。この話を聞き少なからず動揺したアンドレは、仲間のジャック(ミシェル・ピコリ)らに頼み、旧友達を集め昼食会を開いてもらった。その中には、アンリーも加わっていた。しかし事件は意外な方向に進み、アンリーは殺されてしまった。そして、彼を襲った男の1人がもらした電話番号がアンドレの親友ジャックのものだった。さらにアンドレは、妻がジャックと愛し合っていたことを知った。翌日、米仏会談に出席を拒否され、ひとりセーヌの家に帰ったジャックの部屋で、1発の銃声が、鳴り響いた。自殺したのか、殺されたのか? 翌朝の新聞はキューバのソ連ミサイルが撤去されたことを、大々的に報道していた。 
1969年公開というと1967年:『007は二度死ぬ』1969年:『女王陛下の007』 の頃である 当時、007は大掛かりなセットとスマートな活劇、ボンドガールというセクシー女優でヒットしていた。 007は元はと言えばヒッチコックの海外特派員や泥棒成金、逃走迷路などの 影響を受けている。『北北西に進路を取れ』などは007シリーズの原型の一つと言われています。ライバル心:ヒッチコック自身は、流行の007に対抗して独自のスパイ映画を制作したこともあります。 トパーズや引き裂かれたカーテンは007映画へのライバル心で作られたのだろう。
トパーズの静的で淡々とした演劇的な表現はヒッチコックらしいが、007映画のような派手さやケレンがない。二重スパイやインテリジェンスについて語られる。特有のユーモラスな表現は皆無とは言わないが少ない。ただし、「007への対抗心が直接の制作動機だった」とまでは断定できません。 1960年代後半はまさにスパイ映画ブームでした。1963年『007 ロシアより愛をこめて』 1965年『サンダーボール作戦』 1967年『007は二度死ぬ』 1968年『アイス・ステーション・ゼブラ』 1969年『女王陛下の007』など。 ボンド映画は秘密基地、大規模なアクション、派手なガジェット、美しいボンドガールという娯楽路線を確立し、世界的な人気を博していました。 一方、アルフレッド・ヒッチコックは、「スパイ映画は自分の得意分野だった」という自負を持っていました。 実際に007シリーズ以前から • 海外特派員 • 逃走迷路 • 泥棒成金 • 知りすぎていた男 • 北北西に進路を取れ などで、「一般人が国際的陰謀に巻き込まれる」「諜報戦」「冷戦」という題材を何度も扱っていました。 特に『北北西に進路を取れ』は、 世界を股にかける追跡劇 • 謎の組織 • 美女とのロマンス • 列車や飛行機を使ったアクション など、後の007に通じる要素が非常に多く、「ボンド映画の祖先の一つ」と評されることが少なくありません。 
『引き裂かれたカーテン』と『トパーズ』 引き裂かれたカーテンは東西冷戦の緊張がテーマです。 しかし、この作品ではヒッチコックは派手なアクションではなく、 情報を盗むこと • 亡命 • スパイの心理 • 殺人の生々しさを重視しました。 有名なのが農家での殺人シーンで、「人を殺すのはこんなに大変なのだ」と現実的に描いています。 続くトパーズでは、その傾向がさらに強まります。 舞台はキューバ危機。 主人公は超人ではなくフランス情報機関の人物であり、 • 情報収集 • 裏切り • 二重スパイ • 政治的駆け引き が物語の中心です。 つまり「諜報活動そのもの」を描こうとしているのです。 007は 、一人の英雄が世界を救う • 敵は悪の組織 • アクションが主役 • 娯楽性重視 なのに対し、 『トパーズ』では 主人公ですら目立たない • 情報は断片的 • 誰が味方か分からない • 地味な会話が続く • スパイとは組織戦である というリアリズムに徹しています。だから観客は「盛り上がらない」と感じやすい反面、実際のインテリジェンスの世界には近いと言えます。 
『トパーズ』は大きなアクションより、 部屋への出入り • 視線 • 会話 • 沈黙 • 人物配置 で緊張感を作っています。 これは舞台劇にも通じる演出で、初期から一貫したヒッチコックの美学です。 一方で、 『北北西に進路を取れ』のような遊び心や、 『泥棒成金』の軽妙さ、 『裏窓』のユーモア はかなり抑えられています。 そのため『トパーズ』はヒッチコック作品の中でも最もシリアスで、ユーモアの少ない作品の一つと言われています。 なぜ地味に見えるのか 1969年という時代に観客は『007』のスケール感に慣れていました。その中で『トパーズ』は、あえて情報戦や心理戦を主軸に据えたため、娯楽映画としては地味に映りました。 逆に現在見ると、「スパイとは銃撃戦ではなく情報を扱う仕事である」という視点は、後の裏切りのサーカスのようなリアリスティックなスパイ映画に通じる先見性があったとも評価できます。 つまり『トパーズ』は、007に対抗してスパイ映画を撮ったという側面は確かにあるものの、ヒッチコックは007を真似するのではなく、「本来、自分が考えるスパイ映画とはこういうものだ」という答えを提示した作品だった、と考えるのが最も近い評価でしょう。