2025年12月31日水曜日

花札・花かるた

久しぶりに花札をいじってみたいなあと思っていたところ、たまたま100均のカードゲームのコーナーで見つけたので、買ってきました。厚手のボール紙を裁断した簡単な作りです。厚紙の切り口のボール紙の白地が安っぽかったので、全部まとめて4辺を油性マジックで黒く塗ったら、それっぽい花札になりました。紙質が硬いため、ちょっとした遊びには使えそうです。
花札は賭博の道具のイメージですが、その絵柄は四季折々の12ヶ月の花鳥風月をあしらっており、シンプルで綺麗です。緋牡丹博徒などスクリーンのアップでも映えます。

花札といえば任天堂・天狗堂。天狗や大統領の絵柄が懐かしい。以下、日経ビジネス編集部 日経BP記事の一部です。
花札から始まった任天堂 独自の事業展開で急成長、新規市場も開拓
By 日経ビジネス編集部 日経BP 2022.3.31
世代があがるほど花札やトランプといったカードメーカーのイメージが強い任天堂。ファミリーコンピュータの成功を経て、総合エンターテインメント企業として、確固たる地位を築いた同社だが、その歴史は130年以上と古い。
 任天堂の創業は1889年 (明治22年)まで遡る。職人魂を持ち、商才にたけた山内房治郎が京都市下京区正面通り大橋西入ルの地に店を構え、花札を製造したのがその始まりである。
 1868年(明治元年)、福井宗助の長男として生を受けた房治郎は、数えで5歳の時に山内猶七の養子に入り、14歳で山内家を相続。18歳になると山内家の親元が手伝っていた石灰問屋「灰岩」を継承し、灰孝本店を創業した。4年後の1889年(明治22年)、任天堂の初代店主となり、22歳の若さで2つの店を経営。そのうち、花札などかるた類を主体としていた任天堂の事業を大きく発展させた。
 房治郎は手先が器用な人物であり、花札の品質を決める色むら、キズ、張りむらなどのない優れた製品を生み出した。特にプロのばくち打ちは、1組の花札を1回しか使用せず、勝負のたびに新しいものをおろしていた。ギャンブルの場でイカサマはご法度であり、花札にガンをつける(札にキズやへこみなどの目印をつける)のを防止するために、勝負師たちは札の品質を重要視した。
 こうした客を相手に商売をしていた房治郎は、花札の品質に徹底的にこだわり、最高品質の札にフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの絵柄をあしらった「大統領」のブランドとして販売。以来、この「大統領」が任天堂のドル箱となり、今なお続く息の長い製品となっている。

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