2025年8月15日金曜日

エイトマン

エイトマンは、鉄腕アトムの対抗馬として制作された和製アニメです。桑田次郎の劇画的な絵と探偵事務所というハードボイルドな設定が大人っぽくて大ヒットしました。桑田次郎は探偵もので定評がありましたので、エイトマンもそのテイストでした。変装の名人の名探偵とサチコと一郎という探偵助手がいるので、明智探偵事務所の設定です。
原作は平井和正と桑田次郎によって少年マガジンに連載されましたSF漫画ですが、アニメ化にあたっては、原作の話が圧倒的に少ないため、名だたるSF作家たちがアニメ脚本を担当していました。即席で作ったストーリーも多かったと思いますが、これが結構面白い。その後のSFストーリーのテーマが網羅されています。
作品の根底には科学が力であるという基本的思想があります。それを手繰るものの善悪が反映される道具に過ぎないということです。それは被爆国日本の訴えだったと思います。日本はイデオロギーが希薄です。平和な日本に入り込む大国、国家権力の非情が執拗に描かれます。大国は個人を犠牲にする、見殺しにします。その中にあって、エイトマンは変身ロボットとして陰ながら日本の平和を守ります。力ある者の倫理観、ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige ):高い社会的地位には義務が伴うことを意味するフランス語 自発的な無私、自負・自尊がテーマです。「これが科学を悪用するものの最後だ」というサラマンダー作戦のフレーズが子供心に刷り込まれています。
東日本大震災を経験した今、見直してみると、エイトマンの機械であるが故の不安定性が執拗に描かれています。制御不能となる状態をいかに回避するか。小型原子炉を動力源とするエイトマンは常に自身の体を制御を続けていかなければなりません。冷却です。タバコ型の冷却剤(TVアニメでは強化剤と呼称)で原子炉の加熱を制御します。水に飛び込むことで冷却します。敵との戦いよりも自身の動力源の安定性が重要なのです。
エイトマン自体がNASAで開発されたロボットですので、米国から存在を隠さなければなりません。ヨーロッパやソ連のエージェントも狙っています。探偵はエイトマンであることを隠さなければなりません。鉄腕アトムや明智小五郎のようには存在を明らかにしていません。秘書のサチコにさえ秘密にしています。当時の米国ドラマ、スーパーマンやバットマン、グリーン・ホーネットのような存在です。たくさんの事件を解決しても探偵は決して祝福されることはありません。
自分の正体を秘書のサチコにまで隠すことは、祝福や名声を求めないノブレス・オブリージュであろうと思います。また逆恨みのような犯罪に巻き込まないための配慮(とはいってもサチコは毎回巻き込まれますが)と思われますが、重症を負った刑事の脳を移植したロボットですので障害を隠すことのようにも感じていました。
しかし、今思うに、ロボットは個別的な人格、パーソナリティがない器です。操作する者によって善にも悪にもなりうる存在です。人工頭脳に移植されるAIによって、どうにでもなる器です。脳が変わっていても見分けがつかない危険性・不信が描かれているのではなかったのかと思います。何体もあるロボットの一つにたまたま刑事の脳の記憶が移植されています。あるいは複製も可能です。入れ替えも可能です。サチコの眼の前の探偵はたまたま記憶が移植された器の一つに過ぎません。何より、エイトマンは誰にでも変身できるのですから、これはアイデンティティに関する根源的問題です。つまり、サチコの眼の前にいる探偵もまたエイトマンが変装した一つの姿に過ぎないのです。エイトマンであることを告白することは自身のアイデンティティ不全の告白に他なりません。
生身の肉体と金属の機械。この印象も最近の機械やAI技術の進化は変えてきています。

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