2023年5月28日日曜日

東電事故の風評って何?

風評:経済的損害につながる「間違った情報・意図的なデマ根拠の不確かな(うわさ)やあいまいな情報」
さて、東電原発の事故で「フクシマ」という言葉は放射能汚染の代名詞とされているようです。食品に「福島産」と表示されていれば、当然、消費者は相当の理由がなければ「そう記載されていないもの」を選ぶでしょう。
事故そのものは噂でも妄想でもなく、紛れもない事実です。事故への適切な対応が遅れて炉心溶融が起きていたことも、後に公になりましたが、事故発生時には国も東電も極めて楽観的に見ていたか、隠蔽しようとしていたようです。情報を小出しにしながら、いつのまにかメルトダウンと言うようになりました。
すべてがその場しのぎで、追求されるとお決まりのゴメンナサイポーズで、後になって認めるということの繰り返しです。事故原発の内部や汚染水など未だに明らかにされない体質のままで、「関係者の理解」やら「丁寧な説明」やら、具体性のない言葉だけでその場を凌ぐ・・・空虚です。エビデンスを明かさずに「風評」もへったくれもないのではないかと思います。
間違った情報」か否かを判断する真実が明らかにされていません。「意図的なデマ」だとすると利益を得るのは誰でしょうか? ・・・フクシマ以外の人たちでしょう。「根拠の不確かな(うわさ)やあいまいな情報」と判断する根拠が明らかにされません。
先日の放射線学会の教育講演で、日本人の国民放射線被曝線量が震災前の数値と比較して増加しており、統計値を書き換えるかという議論があったと報告がありました。上昇させているのは福島県民であり、一般的な国民と福島県民の被曝量を分けて統計値を出す云々とのことでした。当時、「安全です」と言っていた民主党の某はもう顔を出さなくなりました。「直ちに健康に害はありません」という言葉は嘘ではないでしょうが、将来のことはわかりませんとは一言も言いませんでした。そのために県民の多くは地元に留まりました。その結果が現在に続いています。行政は破損した東電原発は安全だと言っているし、汚染水は飲めるとも言っているようですが、地元の印象とは正反対です。時折、出荷できない県内産品が発生する一方で膨大な量の汚染水が安全だというのですから、「理解」するのは困難でしょう。汚染したベント配管の撤去は想定外のノコギリの破損などで一向に進まないのに、汚染水の海底トンネルは地元の理解を得ないまま完成してしまったというのですから、「理解」するのは困難でしょう。
事故原発の台座がすべて破損していて地震などが起きれば倒壊する恐れがあるという調査報告に対して、例え倒壊したとしても環境への影響は極めて小さいものと想定される云々、とのことです。何が起きても、事故時の答弁と同じです。
事故原発が今後、何十年、何百年、放射能を撒き散らし続けるかわかりませんが、発生する汚染水は安全基準まで薄めるから安全だとのことです。いくら薄めても総量は変わることはありませんから、東電原発が地球を将来に渡って汚染し続けることは科学的事実です。今の所、なるべくゆっくりと拡散するように努力しているようですが、原子力管理委員会が先日指摘したように、東京電力の現場力の欠如が目に付きます。もちろん東電職員もこんな事故処理を何十年、何百年も続けたくはないでしょう。でも、人類を将来に渡って脅かすことになった比類のない業務上過失です。子々孫々に渡って悪影響を回避し続けなければなりません。その責任は東電職員にあるのでしょうから、東電職員は世襲制にでもしないと次の世代に繋がらないのではないかと危惧します。
汚染水に関しては韓国の調査団には丁寧な説明をしたようですが、地元の住民にはその機会を与えられてはいません。最近になって、また事故の賠償金が福島県民に支払われるようです。こういうことが、東電の「丁寧な説明」でしょうか?。
事故原発の周囲は立ち入れない地域になりました。10年が経過して、徐々に帰還できる地域が増えてきてはいますが、中間貯蔵施設や汚染水など、今そこに「線量」が存在していることは明らかです。とするならば、このことが「間違った情報・意図的なデマ根拠の不確かな(うわさ)やあいまいな情報」に相当するのでしょうか?
風評というのは意図的に悪いレッテルを貼ることでしょう。現在の福島県が置かれている状況を「風評」という人たちは、放射線汚染を本当に心配している人たちに対して「過剰反応」と決めつける行為を行っているのではないでしょうか?
今、福島に対して行われていることは「風評」ではなく「差別」のように思います。基本的に汚染は放射状に拡散し、また風や水の流れで想定できないホットスポットを作りました。10年経過した現在は汚染範囲が拡大し、広い範囲で濃度差が少ない高線量地域が滲んだように生じているでしょう。濃度勾配がある汚染状態を正しく線引することは隣接する拡大地域に経済的影響が及ぶために、良しとされないのでしょう。「福島」という地名での簡便な線引が意図的に用いられています。「福島」県名を用いることで周辺各県のイメージを守っています。このことは「福島」という県の切り捨てに等しい対応でしょう。
客観的に事実を知らしめることが必要でしょう。そのためには、放射能汚染地図を定期的にアップデートすること、客観的に汚染の拡散状況・改善状況を示すこと、全世界の放射能勾配を視覚的に表示することが必要です。
風評をなくすには地名や県名で線引しないこと、「福島」という名前が風評の原因であればすべての県が産地名の表記を使わないこと、安全のアピールには安全な線量ではあっても、そこにも濃度勾配があることを示すことです。それが明らかにされれば、低線量でも避けたい人は避難すればいいし、気にしない人は帰還すればよいと思うのです。

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