大きな出来事は起こらない淡々としたふれあい。3時間を超える長い映画であるが、しかし、冒頭から映画に引き込まれてしまった。あっという間に3時間が過ぎた。沈黙や会話、劇中劇やワークショップを追体験するようにゆっくりと時間が流れる。タイパ映画の対極といえる、同じ時間の経過を体験する映画である。
フランスと日本の言葉のやり取りが上手いと思う。ゆっくりとした会話が違和感なく聞き取れる。
名前が同じ その偶然で2人の関係は急接近する。同じ境遇が2人を近づける。共通の運命は人を結びつける。
偶然が2人を結びつける。偶然は空から天使が落とす。窓から部屋の中に鳩が飛び込んでくるのは、偶然か作為か。美しいシーンである。
名前が同じ その偶然で2人の関係は急接近する。同じ境遇が2人を近づける。共通の運命は人を結びつける。
偶然が2人を結びつける。偶然は空から天使が落とす。窓から部屋の中に鳩が飛び込んでくるのは、偶然か作為か。美しいシーンである。
偶然の介入を厄介事と捉えず、バージョンアップのチャンスのような好ましい出来事と考える。それらを包含した未知の全体像を必然と考える。
日本人の精神性が美しく描かれている。禅や武士道。相手を見つめ、話を聞く。主役の女優や長塚さんのストイックさがとてもかっこいい。
日本人の精神性が美しく描かれている。禅や武士道。相手を見つめ、話を聞く。主役の女優や長塚さんのストイックさがとてもかっこいい。
黒澤明の生きるにも通じるテーマであるが、主役は悩みや未練を既に乗り越えている。あるいは整理されている。日本人の精神性の象徴のようでもある。
この監督は足裏マッサージが好きなのですね。
原作 急に具合が悪くなる
映画を見たあとにサラッと読みました。サラリと読めます。
原作 急に具合が悪くなる
映画を見たあとにサラッと読みました。サラリと読めます。
この原作からプロットを借りて物語にしたわけではなくて、人の出会いや死についての偶然という視点からの思索をドラマ化している。
こんなに上手い話があるのかとも思うが、嫌味がない直球勝負の映画である。
原作が書簡ということで、お互いが痛みや相手への思いやり、それぞれが辛さを隠して背筋を伸ばして書いているので、映画も病気自体には触れない。結果的に医療の介入を殆ど描かずに精神性を前面に出した美しく落ち着いた映画になった。そして介護の現場への介入がポジティブに描かれて後味の良い余韻を残す。
死は哀しいとは描かれない。健康な人も近づいてみれば何某かの病を持っている。
緩和の勉強をしたのは20年になる。当時は告知の是非が問題であった時代。悪い知らせをどう伝えるかが癌診療での課題であったが、現在では病名病状を本人と話すことが当たり前の前提になっている。
本書では、進行がん患者が普通に生活と社会活動を続けている。その社会活動の内容が主題であり、病状や医療は完全に黒子である。そういう状態こそ緩和医療の望ましい理想であった。
偶然はよいものもよくないものもある。しかし、どんなものであっても、そこに踏み跡を残していく継続した歩行である。
かつて千葉敦子の著作をずいぶん共感して読んだが、もう、当事者が自分で決定することが当たり前の状況になっている。
原作が書簡ということで、お互いが痛みや相手への思いやり、それぞれが辛さを隠して背筋を伸ばして書いているので、映画も病気自体には触れない。結果的に医療の介入を殆ど描かずに精神性を前面に出した美しく落ち着いた映画になった。そして介護の現場への介入がポジティブに描かれて後味の良い余韻を残す。
死は哀しいとは描かれない。健康な人も近づいてみれば何某かの病を持っている。
緩和の勉強をしたのは20年になる。当時は告知の是非が問題であった時代。悪い知らせをどう伝えるかが癌診療での課題であったが、現在では病名病状を本人と話すことが当たり前の前提になっている。
本書では、進行がん患者が普通に生活と社会活動を続けている。その社会活動の内容が主題であり、病状や医療は完全に黒子である。そういう状態こそ緩和医療の望ましい理想であった。
偶然はよいものもよくないものもある。しかし、どんなものであっても、そこに踏み跡を残していく継続した歩行である。
かつて千葉敦子の著作をずいぶん共感して読んだが、もう、当事者が自分で決定することが当たり前の状況になっている。
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