2024年2月20日火曜日

2024年2月19日月曜日

キースヘリングを見に展覧会へ

キースヘリングを見に森美術館の展覧会へ行く。
もう20年位なるでしょうか、ユニクロのTシャツでヘタウマの走りのような絵に出会ったのが最初です。下手だと思うのですが味があって、普遍的な良さがあるようにも思えました。
そんなこんなでユニクロのキースヘリング関連モノはずいぶん手元にあります。最近はショルダーバッグやエコバッグを日常的に使っています。
今回、展覧会ということで見に行きました。写真撮影はOKでしたので、ほぼ全て撮影。
差別に嫌悪を抱き、直接に、あるいは暗喩に戦っていたのだなあ、線や色は天性のセンスでしょう。書道のような禅的スピリットを感じました。
差別的な姿勢、特に一般個人の差別的な姿勢について啓蒙、気づきをおこさせたい、それぞれの絵が明確なメッセージを持って描かれていたということを知りました。


2024年2月18日日曜日

映画 Barbie

映画 Barbie。
TVドラマ「不適切にもほどがある」の元ネタか?と思えるような、あっちとこっちの世界を行き来しながら、時代による文化的意識のズレが極端な誇張とミュージカルで描かれます。
この女優さんはワンス・アポン・ア・タイムに出ていたシャロンテート役の女優ですね。あの可愛さだけが取り柄のセックスシンボル的演技の延長線上の配役ですね。
のっけから、2001年宇宙の旅で笑わせ、中盤、シャイニング云々という会話があり、最後はツルペタ云々と、AIに繋がっていきます。キューブリックへのオマージュが随所に溢れています。
今年度のアカデミー賞ノミネートということでしたので見てみました。

2024年2月17日土曜日

テオレマ

アマプラに入っていたので金曜の夜に見ちゃいました。ブルーレイも持っているのにね。
震災に遭遇したり、そのニュースを聞いたり、いろいろな出来事が人に何らかの行動変容を起こさせる。被災地を手伝いたいという気持ちや危機に対する準備、あるいは価値観の変化や優先順位の見直しが起きる場合もある。
映画ではテレンス・スタンプ扮する若い男がブルジョア一家に予定された訪問に訪れる。彼の容貌は、絵画や過去の映画などで描かれているキリスト像である。彼の到着と滞在、そして予定されたように去っていく。
色彩のない映像からカラーに変わる。男と接することでブルジョア一家のそれぞれの人物が何らかの変容を呈する。女中は男を救いたいと思い、身を差し出すが、それを恥じて死のうとする。彼女は男と接することで喋れるようになる。痘瘡の子を癒やし、宙に浮遊する。やがて荒れ地に穴を掘り自らを埋め、目だけが外を見ている。やがて涙が泉となる。彼女の希望は植物のように世界の癒やし、環境になることに目覚めたようでもある。
エトナ火山の荒れ地と巨大工場。工場もまた人気がなく荒れ地と変わりがない。父親は工場を労働者階級に譲り、裸になって一人で荒れ地を彷徨う。世俗的な富から逃避したいようである。
母親はミラノの街で若い男を拾っては情事を繰り返す。裕福で上品な姿の中に押し殺した欲求があったのか、抑えきれず、情事を繰り返すが、満たされることはないようである。
息子はテクニックだけで前衛絵画もどきを書くことしかできなくなる。美術への情熱を失い、インスピレーションがなくなったようである。
娘は男の写真を抱きしめ、全身を硬直させ植物状態のようになってしまう。
音楽はエンニオ・モリコーネ。続・夕陽のガンマンのようなマカロニ・ウエスタン調です。町に流れ者が現れ、そして去っていく。西部劇のようである。

第47回肺癌診断会および画像診断セミナーご案内

神奈川県立がんセンター呼吸器内科 近藤哲郎世話人からご案内がありました。
2024年3月22日(金)~23日(土)
新横浜プリンスホテルにて「第47回肺癌診断会および画像診断セミナー」を開催いたします。
詳細およびお申込みは下記HPよりお願い致します。
https://procomu.jp/lcd47/index.html
4年ぶりの現地開催となりますので、皆様のご参加を心よりお待ち申し上げております。
第47回肺癌診断会および画像診断セミナー
世話人 近藤哲郎(神奈川県立がんセンター呼吸器内科)第47回 肺がん診断会 画像診断セミナー

ECR2024

演題を2つ、登録しました。胸部CT画像での指摘困難な結節所見の検討 と呼吸動態CTによる呼吸パターンの定量的評価についてです。

2024年2月16日金曜日

不適切にもほどがあある

不適切にもほどがあある。宮藤官九郎のコメディTV。映画バービーやバック・トゥ・ザ・フューチャーのノリで現在のTVのコンプライアンスのバカバカしさをテンポよく笑いとばします。
さて、いつから、こういうコンプライアンス規制ができたのだろう。昔はドリフや野球拳などPTAから抗議を受けた番組のほうが面白かった。今でも地上波と衛星を切り分ける基準など矛盾だらけ、手前勝手な基準ばかりのTV業界。どうも視聴者を置き去りにした基準のようである。
昔のドラマの再放送では、「不適切ですが当時の製作の意図を尊重してオリジナルのまま放送します」なんて、但し書きをつければokなんですから、何が規制なのかもわかりません。
マスメディア。特にTVの奢りと強いものへの迎合、思考停止を強烈に皮肉っている。今のところスポンサーは登場しませんので、こんなドラマですら強いものには巻かれろなんでしょうか。この国の、特にテレビ業界の腐敗ぶりにまで連想が及びます。ジャニーズ問題や東京オリンピック問題、政治的中立や社の政治的姿勢など、TV業界の自浄作用に期待するなんて到底無理だと思わせるほど、連想がいろいろなところに繋がっていく番組です。